■日 時：2023年3月11日（土）14：00～16：10
■場 所：オンライン（参加登録が必要です）
■報告者：太田純貴（鹿児島大学）
■討論者：今関裕太（江戸川大学）、梅田拓也（同志社女子大学）
■司 会：大久保遼（明治学院大学）
■企画趣旨：
近年、メディアと環境の循環的な関係に注目する新たな研究領域が開拓されつつある。もちろんこれまでにもメディア研究は、マーシャル・マクルーハンに代表されるように、日常生活にメディアが浸透し、環境化することがもたらす諸問題を扱ってきた。メディアが遍在する生活を人間にとっての環境や生態系になぞらえることは、「メディア・エコロジー」という言葉とともに、あるいはフェリックス・ガタリやマシュー・フラーによる重要な問題提起とともに、メディア研究の文脈ではある程度定着してきたと言えるだろう。
しかしながら、2010年代以降、人新世やニューマテリアリズム、ノンヒューマンといった言葉とともに問われつつあるのは、メディアと自然環境とのより内在的な連環であるように思われる。この領域では近年、The Marvelous Clouds (Peters 2015)、Signal Traffic (Parks and Starosielski 2015)、Digital Rubbish (Gabrys 2011)、Finite Media (Cubitt 2016)、Sustainable Media (Starosielski and Walker 2016)、Climatic Media (Furuhata 2022)といった重要な成果が相次いで発表されている。ユッシ・パリッカ『メディア地質学：ごみ・鉱物・テクノロジーから人新世のメディア環境を考える』（太田純貴訳、フィルムアート社、2023年）もまたこうした潮流と確かに軌を一にするものであり、「地質学」をキーワードに、メディアという概念やメディア研究の課題自体を再設定することを試みる挑戦的な書物と言えるだろう。
しかしこうした視点の転換は新しいだけではない。スマートフォンに含まれる鉱物や電子廃棄物の山から、現代のデジタル文化に隠された資源、汚染、労働の問題を剔出していくパリッカの議論は、パサージュをモダニティの化石が埋もれた洞窟になぞらえたヴァルター・ベンヤミンによる歴史の瓦礫の発掘作業とも共鳴している。いわばメディアの地質学とは、デジタル文化と情報社会の構成要素とその残骸の分析であり、次第に朽ち果て廃墟になっていく未来の化石の考古学でもあるのだ。そして、それはまた、地質学的なスケールの時間のなかで、文学史やメディアアートを読み直すための方法でもある。
本研究会では、『メディア地質学』を出発点に、この書物とパリッカの視点が開拓する新しいメディア研究の可能性について検討を行う。まず訳者の太田純貴氏（鹿児島大学）から『メディア地質学』とパリッカのメディア理論について紹介いただいた上で、本書を出発点にいくつかの論点を提示いただく。次に今関裕太氏（江戸川大学）と梅田拓也氏（同志社女子大学）から、本書の議論が今後のメディア理論や人文学、文化研究に対して持つ可能性と課題について報告いただき、会場との議論に繋げる予定である。
【開催記録】
■記録作成者：大久保遼
■参加者：35名（Zoom使用）
本研究会ではフィンランド出身のメディア理論家であるユッシ・パリッカ（オーフス大学）の初の邦訳である『メディア地質学』を取り上げ、今後のメディア研究に対して持ちうる可能性と意義について検討を行った。
まず訳者の太田純貴氏（鹿児島大学）から、『メディア地質学』の概要の報告および論点の提示がなされた。『メディア地質学』の原著に対しては、すでに学術雑誌に15以上のレビューが掲載されているが、太田氏はそれらを紹介しつつ（1）物質と時間、（2）再浮上する身体、（3）未来を想像すること、という全体を貫く３つの論点を提示した。パリッカは、デジタルメディア＝非物質性という神話に対する批判や、ノンヒューマンへの注目から、見過ごされてきたメディアの物質性に焦点を当てる。こうした物質性への注目は、一見するとメディア理論から人間を追放するように見える。しかし太田氏によれば、パリッカはマクルーハンとは異なる形で、身体の問題を再浮上させており、それが「労働し疲弊する身体」である。また、廃棄物やその循環、汚染を補助線に導入することで、効率性や合理性、進歩といった観念から離れて、未来を想像することを可能にしていることもパリッカの議論の特徴であると言えるだろう。最後に太田氏は、従来の人間やメディアの使用を中心とするメディア考古学と、パリッカが試みるノンヒューマンや電子廃棄物を対象とするメディア考古学／地質学のアプローチを架橋し、そのための蝶番としてのSFやメディアアートの可能性を論じた。
続いて今関裕太氏（江戸川大学）から、さまざまな理論・方法論のブリコラージュ・テクストとしての『メディア地質学』について詳細な報告がなされた。今関氏によれば、『メディア地質学』は社会科学・人文学・自然科学の諸領域を横断する「人新世におけるメディア研究の書」であり、芸術・産業・労働・環境といったさまざまな主題や事象を接続する「アイデア帖」であり、また既存の理論や方法論をつなぎ合わせた「ブリコラージュ・テクスト」でもある。そのため、パリッカの議論は一読しただけでは、錯綜や飛躍に満ちているように感じられるだろう。しかし、背景となっている文脈や理論を補って、解体・再構築すると、その狙いがより明確になる。実際に今関氏は、第4章と補遺を取り上げ、フーコー、ドゥルーズ＝ガタリ、キットラー、ネグリ＝ハートといった論者から、さまざまなメディアアートの作品に至るまで、議論の背景をなす文脈と概念連関の詳細を腑分けし、その構成要素をマッピングし直して提示した。その結果明らかにされたパリッカの手法とは、諸理論、諸手法、諸問題のメタ共時化とブリコラージュによって新しい地図を作り出し、アート・学術・政治活動のオルタナティブを提示するとともに、諸理論、諸手法、諸問題の別の系譜を描き出すことを可能にする地図化の技法である。
最後に梅田氏は「メディアアートとメディア考古学」と題した報告を行った。現在メディアアートの制作や批評はさまざまな課題に直面しているが、梅田氏によれば、『メディア地質学』はメディアアートをめぐる困難に対し、理論的に介入する可能性を提示している。パリッカは自身が提示する理論的なアイデアが、メディアを対象とするアート作品の中で具体化されていると考えている。このことは、特にメディアの物質性の議論に注目するとより明確になるだろう。パリッカは一方で、理論的な関心からメディアの非言語的、非意味的な側面を重視する立場をとっている。労働や環境、廃棄物や構成要素に注目するのも、こうしたスタンスの現れだと言えるだろう。他方でメディア考古学的なアート作品は、メディアをめぐる問題を、具体的な技術や物質によって、言語による批評や理論を迂回せずに、提示することができる。つまりメディアアートは、理論が言語によって説明しようとするメディアの性質を、言葉を介さずに鑑賞者に体感させる力を有しており、梅田氏によれば、こうしたメディアによるメディアの問題化、メディアの自己反省のプロセスこそが、メディアアートの重要な特徴である。こうした視点からすれば、パリッカが本書で描いた「地図」は、具体的な作品を論じる上でも有効なものとなるだろう。
討論者2名の報告を受けて、訳者の太田氏からのコメントと今関氏、梅田氏から短い応答があった後、会場からの質疑とディスカッションを行った。研究会全体を通じて繰り返し話題に上がったのが、メディア研究・理論とメディアアートの連携に関する論点であったと言えるだろう。これまでメディア研究と実践の関係を議論する際に、主に重視されてきたのは、ジャーナリズムやマスコミの現場であった。これに対し、パリッカはメディアアートの作品を重視し、時にはメディア理論と作品をほとんど等価な、メディアの性質や文脈を可視化し新たな視点を提示する営みとして扱う。こうした視点は日本でもメディア実践研究の一部やメディアリテラシーの分野で行われてきた議論と重なる部分があり、今後は既存の実践研究の蓄積と、『メディア地質学』の視点をいかに接続するかも課題の一つになるだろう。
パリッカの著書はすでに多くの言語に翻訳されているが、日本語での翻訳は本書が初めてである（なお主著の一つである『メディア考古学とは何か？』の邦訳は近日中に刊行予定である）。またパリッカが参照している議論の多くもまだ日本の読者には馴染みが少ないと言えるだろう。『メディア地質学』の刊行や今回の書評会を一つの出発点として、パリッカやその周辺の議論が日本でも広く読まれるきっかけになれば幸いである。