第38期第17回研究会「ジャーナリズム・リテラシー向上のためのティーチング・ティップス連続研究会:第3回 大学と報道職の近接」(ジャーナリズム研究・教育部会)【開催記録】

■日 時: 2022年7月23日(土) 10:00~12:10
■方 法: ZOOMを用いたオンライン研究会
■登壇者:
・事例紹介1 「報道職への進路支援とジャーナリズム文化」 根津朝彦先生 (立命館大学産業社会学部教授))
・事例紹介2 「神戸新聞社の大学連携協定」 西栄一会員 (神戸新聞地域総研副所長)
■司 会: 別府三奈子(法政大学)

■企画趣旨:
プロフェッショナルな報道に対する社会的信頼感の低下が著しい。大学に入ってくる10代の学生たちの多くが、テレビニュースを見ない、新聞記事を読んだことがない、という白紙状態どころか、「マスゴミ」やフェイクニュースといった根深いマイナスイメージをすでに持っている。ニュース、という言葉の実態は、LINEニュースの域にある。ジャーナリズム・リテラシー教育を提供する大学教育や、専門記者を養成している報道機関の社内記者教育は、こういった情報環境の激変をどう捉えていけばいいだろうか。

本研究会は、メディア・プラットフォームの変化や、ビッグデータ解析技術の広がりに対応するとともに、人と話して取材し、意義ある記事・放送をつくる専門職としての記者養成法や、デジタル・トランスフォーメーション時代を読み解く新たなニュース・リテラシー教育法の開拓をテーマとして、幅広い情報交換と人的交流を促進する場を提供したい。この主旨のもと、第1回「記事作成の実践教育法」、第2回「報道の在り方を討議する」を開催した。

第3回となる本研究会は、日本の大学と報道職の近接、をテーマに開催を試みる。日本の報道職の育成は、主に企業内オン・ザ・ジョブ・トレーニング方式が定着していた。しかし、現在は産業構造の変化の中で大きく様変わりしている。地方紙から全国紙への記者の移動、主要報道機関からIT企業への記者の転職もめずらしくない。大学と報道職をつなぐ教育の在り方には、新たなニーズが生まれてきており、大学側にも対応の余地が大きいと思われる。

根津朝彦先生は、日本ジャーナリズム史・思想史がご専門で、卒業生の多くが報道職に就いていることから、その教育姿勢やご経験を伺いたくご登壇をお願いした。大学教育の場で、新聞社や報道機関、報道職の意義いかに伝え、どのように学生さんのやる気を支え、実務へとつなげておられるのか。ゼミナールや合宿、現場訪問などの具体的な展開内容と、そこでの教員側の工夫などをお話いただく予定である。

神戸新聞社の西栄一会員は、関西での大学連携協定や地域連携プロジェクトの推進を担っておられる。研究会では、その狙いや、半期科目「地域メディア論」の内容例などについて、シラバスをもとにお話しいただく。同氏は、47NEWS(https://www.47news.jp/)創設時の共同議長のご経験もあるので、ニュースのデジタル化や、企業側が必要としている人材像の変化、採用状況、社内記者教育などにも触れていただく予定である。

研究者として、あるいは、実務家として、大学におけるジャーナリズム教育・ジャーナリスト教育と、どのように関わっていけるのか。変化の時を捉え、参加者の皆さんとともに幅広い意見交換を行いたい。

【開催記録】
記録執筆者:別府三奈子(法政大学)
参加者:16人(ZOOM利用)

当日は、お二人の登壇者からそれぞれ30分ずつ教育法についてお話いただき、その後1時間半にわたって参加者との質疑応答・意見交換を行った。

まず、戦後日本ジャーナリズム史を専門とする根津朝彦先生から、3・4年のゼミナールを事例として、具体的なティップスを多角的にご提供いただいた。一学年15人前後、ゼミ卒業生は現在4期までで合計63人、そのうちの34人が主要マスメディアへ就職している。記者職は23人にのぼる。ゼミに入ってくる時点での明確な記者志望者は毎年ほぼ2~3人程度。就活までには実質1年だが、新聞業界の見通しの厳しさを分かった上で、その公共性の高さから、学生たちが職業として選択していくとのことだった。

ゼミを通して、読書と1泊以上の一人旅(旅先での見知らぬ人たちとの対話を含む)を推奨している。読書では、最初にブックオフで1000円の予算を提供し自分で購入させ、購入のハードルを下げる。共通で読むテキストは、「現代史を一から教える」とのゼミ指針に沿い、ルビ・イラストつきの小熊英二著『日本という国』から始め、特に言論の自由の面から戦後の日本ジャーナリズム史(「風流夢譚」事件、沖縄密約事件、朝日新聞阪神支局襲撃事件など)を学ぶ。こういったことを知っているかどうかで、今起きていることを見る視野や判断力が変わってくる。取材対象と同じ土俵に立たずに、出来事の相対化ができる。

ゴールデンウィークの映画視聴合宿(「クライマーズ・ハイ」「大統領の陰謀」「ゆきゆきて、神軍」など)、夏合宿(首都圏の新聞3社・通信社・日本新聞博物館、NHKや民放の放送ライブラリーなどを訪問)、調査報道記者との対話、OB/OG記者たちとの交流などを、積み上げていく。いずれの場合も感想やレポートを書き、かつ、学生同士で互いのレポートを読んでの交流を2年間徹底している。そのプロセスのなかで、学生たちは、見知らぬ人も含めて対話すること、書くことの意味を考えるようになる。このほか、学生全員と、1時間の個人面談を行うなどしており、授業としては1コマだが、実質2コマで対応。卒論は2万字から4万字をこえる。大学は勉強するところと明言し、実務訓練はまったくやらない。記者になる卒業生たちには、いずれ本を出せるような記者になって欲しいと話している、とのことだった。

神戸新聞社地域総研の西栄一会員からは、神戸新聞の地元との連携事業の由来や現状についての概説を伺ったのち、新聞社と大学の連携の一形態としての連携講座の具体的な内容・工夫・反応についてお話をいただいた。西会員は1988年に神戸新聞に入社後、編集部に16年間、その後デジタル事業部でHPの構築や47ニュースの創設に関わり、2019年からは地域総研(2009年発足)で地元との連携事業を展開している。神戸新聞は1898年に創刊、朝刊の発行部数40万部、記者職はおよそ240人となっている。

地域総研が設けられた背景には、阪神・淡路大震災がある。新聞社屋が全壊、被災した記者も多く、新聞社も地域の一員という当事者目線を強く意識している。推進した「地域共生プロジェクト」は、日本遺産の支援、地域交流拠点の運営、行政と連携したイノベーション支援、大学生・高校生向けの県内企業ガイド、子育て支援サイトの運営(220団体、会員7000人)、スポーツ支援など多様である。大学との包括的連携協定は、2014年以降、神戸大学、関西学院大学、甲南大学と結ばれており、地域や産業、人材育成、防災、研究などの分野で、具体的な連携事業を行っている。

連携講座は、地域の課題重視のもの、新聞社の役割やメディアリテラシーに関するものなどがある。履修学生はいずれも全学部生。多くの学生は新聞を読まず、新聞社を知らない。講座では、学生が日々ネットで接しているニュース、テレビで使われる写真などに、実は新聞社が提供しているものが多数あることを、具体例で見せる。授業内では、「もしあなたが事故での死者の遺族当記者だったら」「もしあなたが大規模爆発事件の死傷者を受け入れている大病院の院長だったら」「もしあなたが自然災害の死者を安置している体育館を管理する自治体職員だったら」といった問いかけで条件設定し、「新聞社、YouTuberから情報提供を依頼されたらどうするか」といった具体的な問いを出して、学生に書かせる。提出されたものは無記名に打ち直し、全員で共有。その後のグループワークや報道と倫理に関する作文などにも活用し、学生の考えを深めていく。例年、原則実名公開、条件付き公開、原則非公開がおよそ3分の1ずつになる、という。グループディスカッションのときは、大学のOB/OG記者たちにも参加してもらい、当日発行された新聞を手に話し合うなどしている。

質疑応答では、登壇者と参加者の接点に沿って話題が多方面にわたったことから、ジャーナリズム教育・研究に関連した課題がいくつも浮かび上がるものとなった。例えば、NIEの教育学的アプローチが、言論の自由をささえるジャーナリズムの問題意識を共有しにくいこと。テレビ放送のキー局でも、ジャーナリズム指向の就職希望者の数と質がともに下がっていること。テレビ局の記者業務が制作会社に投げられてしまっており、まったく記者教育を受けたことがない人たちが現場で仕事をしている実状。ジャーナリズムとアカデミズムが一緒に本やシリーズものを作るような連携がしばらく途切れていること。障がい者などを含め情報格差を埋めるアプローチを広げる必要があること、等等。ジャーナリズム教育に携わる方々の熱量に圧倒される時間となった。