第38期第28回研究会「初期テレビ放送の制作現場を記述する~『送り手』研究の模索」(メディア史研究部会)【開催記録】

■日 時:2023年2月23日(木・祝)14:00~16:10
■場 所:オンライン(参加登録が必要です)
■報告者:丸山友美(福山大学)
■討論者:河崎吉紀(同志社大学)、村上聖一(NHK放送文化研究所)
■司 会:浜田幸絵(島根大学)

■企画趣旨:
英語圏では、テレビや映画の制作現場を、参与観察やインタビューといった方法をも駆使しながら研究する試みが比較的活発である。これらは、メディア産業の送り手組織に関する研究であり、「プロダクション・スタディーズ」などと呼ばれている。本研究会では、こうした研究動向を参照したとき、どういったメディア研究・メディア史研究を展開していくことが可能なのかを、皆で考える機会としたい。

メディア制作当事者が自らの労働をどのように語り、その語りがメディア成果物(プロダクツ)にいかに反映されているのかを見ていく「プロダクション・スタディーズ」の分析枠組みを用いて、初期テレビ放送の制作現場を対象とした研究を行っているのが丸山友美会員である。メディア史研究におけるオーラルヒストリーの活用についてはその方途や理論的枠組みの設計の必要が議論されてきたが、丸山会員は、初期テレビドキュメンタリーの制作現場にいた人々やその関係者を対象に聞き取り調査を精力的に行い、そこで集めた声や内部資料から放送番組を再評価し、博士論文「放送アーカイブを活用した初期テレビドキュメンタリー研究:NHK『日本の素顔』(1957‐1964を中心に)」や『メディア研究』101号掲載論文「女性ディレクターから見た初期テレビ制作の現場:フェミニスト・エスノグラフィーを用いたアーカイブ研究」に反映させてきた。丸山会員には「プロダクション・スタディーズ」を用いたテレビ研究の可能性を提示いただくとともに、公的な文書資料や放送局史には残りにくい放送の制作現場のあり様をいかに描き出そうとしてきたかについて報告いただく。

討論者には河崎吉紀会員と村上聖一会員をむかえ、比較の視点(新聞と放送、日本と英国など)も入れながら、送り手組織の歴史研究を行う際の問題点はなにか、放送史研究に特徴的な課題はなにか、メディア組織の資料の公開状況が現在どのようになっているか、制度と組織内で働いている人々との関係性どのように捉えればよいのか、などを議論したい。また、オーラルヒストリーやライフヒストリーをメディア史研究にどのように取り入れていくことができるかを検討するにあたって、「ヒトを対象とした研究の倫理審査」などの各大学での事前手続きの現状がどうなっているかも、情報交換したい。

【開催記録】
■記録作成者:浜田幸絵
■参加者:46名(Zoom使用)
司会・浜田の企画趣旨説明に続き、丸山会員が約1時間の報告を行った。丸山会員からは、<放送アーカイブを活用して番組を再読すること>と<当時の制作集団へのヒアリングをすること>とを組み合わせて研究を行ってきたことが、研究方法を模索した経緯にも触れながら報告された。後者の制作集団へのヒアリングは、欧米ではProduction Studiesと称して展開されているものに相当し、具体的には、J.コールドウェルらが、メディアの制作現場の労働者に聞き取りを行ったり、スタジオで参与観察をしたり、業界紙のインタビュー記事や企業PR映像を収集したりして、彼ら彼女らが、自らの労働や業界をどのように語るかを分析していること、そこにおいて職種や職位ごとに異なる規範やルールが見いだされていることが紹介された。その上で、丸山会員の博士論文とその後の研究では、「日本の素顔」を対象として、制作集団内に東京/大阪、男性/女性、エリート/アシスタントという断層が存在していることを明らかにしてきたこと、しかし技術スタッフとプロデューサーの関係性に関しては未だ課題となっていること、近年は研究倫理審査の手続きにどのように対処してよいかが悩みの種となっていることが示された。

丸山会員の報告後、河崎会員と村上会員がそれぞれ20分程度の討論を行った。河崎会員からは、社会階層や社会移動に関心をもって新聞の送り手の全体像を把握することに焦点を当ててきた立場からすれば、丸山会員の研究手法には送り手の自己認識や職業観にインタビューを通して迫るという点で可能性を感じるとの見解が示された。また、送り手の出自や社会的地位がコンテンツにどのように影響を及ぼすのだろうかといった論点も提示された。村上会員からは、1960年前後のテレビをめぐる政治状況・法制度、全国でのテレビ開局の状況、NHK内の動向、さらには戦後の放送界に携わった江上フジについて言及があった。また、放送に関する資料の見取り図を示したうえで、放送史研究を行う上でのハードルとして、番組コンテンツそのものへのアクセスが難しいこと、体系的に資料が残されているわけではなく取材・制作過程の文書は非公開のものが多いことが指摘された。その後、討論者に対する丸山会員からの応答を行い、丸山会員の聞き取り対象になっている元制作者の方も参加しながらフロアとの意見交換を行った。