第38期第5回研究会「ジャーナリズム・リテラシー向上のためのティーチング・ティップス連続研究会: 第1回 記事作成の実践教育法」(ジャーナリズム研究・教育部会)【開催記録】

■日 時: 2022年3月11日(金) 18:00~20:10
■方 法: ZOOMを用いたオンライン研究会
■登壇者:
・事例紹介1 「インタビューの実践」  飯田裕美子氏(共同通信社東京支社長)
・事例紹介2 「自ら取材し記事を書く」 澤康臣氏 (専修大学文学部ジャーナリズム学科)
■司 会: 別府三奈子(法政大学)

■企画趣旨:
プロフェッショナルな報道に対する社会的信頼感の低下が著しい。大学に入ってくる10代の学生たちの多くが、テレビニュースを見ない、新聞記事を読んだことがない、という白紙状態どころか、マスゴミやフェイクニュースといった根深いマイナスイメージをすでに持っている。ニュース、という言葉の実態は、LINEニュースの域にある。ジャーナリズム・リテラシー教育を提供する大学教育や、専門記者を養成している報道機関の社内記者教育は、こういった情報環境の激変をどう捉えていけばいいだろうか。

本研究会は、メディアプラットフォームの変化や、ビッグデータ解析技術の広がりに対応するとともに、人と話して取材し、意義ある記事・放送をつくる専門職としての記者養成法や、デジタル・トランスフォーメーション時代を読み解く新たなジャーナリズム・リテラシー教育法の開拓をテーマとして、幅広い情報交換と人的交流を促進する場を提供したい。初回は、ニュースメディアの実務にも精通し、かつ、大学で記事作成の実践教育を試みておられるおふたりに、ティップスのご紹介をお願いした。どのようなプラットフォームにも共通する、記者としてもっとも根幹になるインタビュー記事、取材記事の実践教育法である。

共同通信社の飯田裕美子氏は、法政大学社会学部メディア社会学科、上智大学文学部新聞学科などで、「ニュース・ライティング」などの実践科目を担当しておられる。半期の授業では、隔週でさまざまなゲストを招き、学生たちがインタビューし、その人の記事を書く。原稿はピアレビューさせるとともに、教員による赤字をいれることで、ファクトの書き方を体験させている。澤康臣氏はゼミナールで、学生記者による新聞・ネットメディア「VIRIDIS」(ゼミ論集)を作成している。学生各自が自らテーマを立て取材先を開拓し、写真を撮り、記事にしたものを教員がデスク(編集者)として確認、書き直しを重ねた上で紙面化している。当日は、それぞれの授業の手法について、具体的にお話しいただく。フェイクとファクトを見極める力、切り口、扱うテーマの見つけ方など、様々な角度から、出席者を交えて活発な議論を展開したい。

【開催記録】 (報告者 別府三奈子)
研究会では、まず登壇者お二人から30分ずつのご報告をいただいた。お二人とも実務経験が豊富で、プロの記者教育の手法にも通じておられる。しかし、今回は企画主旨から、大学生に限定した授業例の提供をお願いした。会員限定での開催で、参加者の多くが、大学でなにかしらの授業を担当している報道職関係の会員となった。

飯田裕美子会員からは、主に3・4年生向けの半期実践科目「ニュース・ライティング」の事例が紹介された。コロナ禍にあった21年度は、隔週でオンライン授業にゲストスピーカーを招聘し、模擬取材を行った。授業前に予告と補足情報を提供し、学生はインタビュー実習の授業後、自宅で1000字の原稿を書き、5日後に提出する。次週は授業でピアリーディングや講師の助言を得て、より良い書き方について考える。学生には、模擬取材の質問は3往復として考えさせる。原稿は、ニュース価値、見出し、構成、などについて自覚的に取り組むように促す。コロナ以前は時節を捉えた話題をテーマに出し、学生が各自学外で取材して書く、というやり方も取り入れていた。オンライン模擬取材では、来校できない地方の方々なども授業に招くなど、様々な工夫に言及された。

授業の初回は、記者という仕事に触れてもらうために講義と合わせて、同窓のOB/OG記者を招聘。別の回では、警察からの広報資料見本を配り、必要なことを質問させて記事にする。この他、もう一歩深く聞くために、4人一組でお互いに質問しあい、どこまでディテールが聞けるか、その人でなければ言えない発言が引き出せるか、を目的とするグループワークや、3枚の写真でストーリーを作るように描く事例、ニュースとデータは違うことを示す事例など、さまざまな授業展開例が示された。

研究会で紹介された具体例では、ゲストに札幌の救急医療の最前線に立っている医師を招いた回の様子や、学生から提出された箇条書きメモのような最初の原稿、原稿の手直しの経過などが、画面共有された。学生のすべてが記者職志望ではない中で、現場からくる講師に学生が何を求めているのかを考えさせられる、とのことだった。報道機関が提供しているニュースの文体そのものが、若者の馴染んでいるものと異なっており、ニュースの提供者側が考えるべき時期に来ているように思う、とのことだった。

次に、澤康臣会員からお話いただいた。関東圏の大学で「ジャーナリズム」を名称とする学科は本学のみで一学年は120人。学科として独立したのは2019年で、ゼミ内での記者志望者は年々増えている。澤会員は、実務が長かった教員としての大学での役割は、現場と大学の結びだという。授業で提供されるジャーナリズムの理念や歴史と、実際の現場が、在学中につながることが重要で、それによって覚悟ある記者になっていくのではないか、とのことだった。

研究会では、「学生記者」としての経験からジャーナリズムを学ばせる通年のゼミナールの事例が中心となった。ゼミの目標は、「良い伝え手・良い受け手」を育てることにあり、3・4年合計20人強が履修している。ゼミでは、いろいろな社会問題の当事者に来ていただき、直接話をしてもらう。記者にも話を聞く。そして、学生自身も記者として書く。記事については、ピアツーピアでゼミ生同士も教えあう。授業方法として、高校新聞作成のテキスト(英語版)なども併用している。

記事制作では、相手が話すことと事実は別であること、オピニオンと事実を分けること、を伝え、そのために事実だけを残して原稿を削る作業などを行う。取材先からの「原稿をみせて」や「名前を消して」といった要望について、断る理由を考えさせる。課題もいろいろあるが、現実の中で「どうあるべきか」を考えられる実務家、受け手になって欲しい、とのことだった。

質疑応答は多岐にわたった。報道に対して否定的なイメージをもっている履修学生たちに、ジャーナリズムの社会的役割を伝える方法が問われた。具体的な事例で実際の報道の経緯を丁寧に話すこと、現場の取材の様子について解像度を上げて見せ、ひとりひとりの記者がどう考え何をしているのかを率直に伝えることで、考えの変化につなげられる、といった経験の共有がなされた。学生の原稿に「赤字だと正解不正解のようなので、黒字でPDFに記入している」といった飯田会員のティップスへの共感があった。ここ数年、大学生の筆力が急に落ちているのでは、といった指摘や、事実と意見の違いを教えることの難しさと修正例の提示、共感力や質問力を育てるための工夫、私語りが主流の若者文化とドキュメンタリーの親和性など、様々な角度からの対話が行われた。