第36期14回研究会「「Home~闇サイト事件・娘の贈りもの」から凶悪犯報道を考える」(メディア倫理法制研究部会企画)

「Home~闇サイト事件・娘の贈りもの」から凶悪犯報道を考える

日 時:2019年2月1日(金) 18:30~

場 所:上智大学 大阪サテライトキャンパス

大阪市北区豊崎3-12-8

共 催:

問題提起者:斉藤潤一氏(東海テレビ報道部)

討論者・司会:音好宏(上智大学メディア・ジャーナリズム研究所長・教授)

趣 旨:

本研究会では、“名古屋闇サイト殺人事件”を事例に、凶悪犯報道におけるメディアの倫理を考えたい。

2007年8月にインターネット上の闇サイト“闇の職業安定所”で集まった男3人組により、名古屋の住宅街路上で帰宅途中の会社員女性が拉致、殺害され、その遺体は山中に遺棄された。実行犯の1人が自首したことで、程なくして犯行グループは逮捕。犯行の凶悪さから報道が過熱する一方で、その裁判も注目された。被害者の母は男3人の死刑を望んだが、立ちふさがったのは死刑の基準とされてきた永山基準だった。永山基準では、1人の殺害では無期懲役が妥当としてきたが、母は今回の凶悪犯にこの基準を当てはめることへの苛立ちから、死刑を求める署名を始める。名古屋地裁は2人に死刑、1人に無期懲役の判決を言い渡した。しかし、2審では死刑の1人が無期懲役に減刑。そのまま最高裁で確定。母の願いは叶わなかった。ところが最高裁判決の後、減刑された男が、9年前に別の強盗殺人事件を起こしていたことが分かり逮捕。その後の裁判では、1審、2審とも死刑判決を受けた。

東海テレビは母に密着し、1審判決直後に最初のドキュメンタリーを放送した。しかし、ドキュメンタリーだけでは表現できないことがある…。それは、事件前の母と娘の物語――。そして、凄惨な事件を起こした男の生い立ち――。2018年12月、母と娘、そして殺人犯の人生を“ドラマ”と“ドキュメンタリー”として放送した作品「Home」は、大きな反響を呼んだ。

今回の作品を担当した斎藤潤一氏は、これまで「光と影~光市母子殺害事件弁護団の300日」、「死刑弁護人」など、犯罪と世論、犯罪報道のあり方などをテーマとした優れたドキュメンタリーを発表してきた。研究会では、「Home」の上映に続き、斉藤氏から制作意図を含めた犯罪報道に関する問題提起をいただき、その上で、凶悪犯罪とその報道、メディアのあり方について議論を深めたい。

なお、今回の研究会は、上智大学メディア・ジャーナリズム研究所「関西メディア・ジャーナリズム研究会」との共同開催とするため、参加希望者の事前登録制とします。希望者は、1月30日(水)までに毎日放送・長井展光 n-nagai@mbs.co.jp までメールでお申し込みください。また会場では弁当を用意しています。弁当代として 1,000 円を当日ご持参ください。(不要の方はお申込み時にメールにその旨、明記してください)

会の記録

参加者数 :36人

報   告:

2007年8月にインターネット上の闇サイト“闇の職業安定所”で集まった男3人組により、名古屋の住宅街路上で帰宅途中の会社員女性が拉致、殺害され、その遺体は山中に遺棄された。後に“名古屋闇サイト殺人事件”と呼ばれる事件である。実行犯の1人が自首したことで、程なく犯行グループは逮捕。犯行の凶悪さから報道が過熱する一方で、その裁判も注目された。被害者の母は男3人の死刑を望んだが、立ちふさがったのは死刑の基準とされてきた永山基準だった。永山基準では、1人の殺害では無期懲役が妥当としてきたが、母は今回の凶悪犯にこの基準を当てはめることへの苛立ちから、死刑を求める署名を始める。名古屋地裁は2人に死刑、1人に無期懲役の判決を言い渡した。しかし、2審では死刑の1人が無期懲役に減刑。そのまま最高裁で確定。母の願いは叶わなかった。ところが最高裁判決の後、減刑された男が、9年前に別の強盗殺人事件を起こしていたことが分かり逮捕。その後の裁判では、1審、2審とも死刑判決を受けた。

東海テレビは母に密着し、1審判決直後に最初のドキュメンタリーを放送した。しかしドキュメンタリーだけでは事件前の母と娘の物語や、家庭的に恵まれていなかった加害者の男の生い立ちなどは表現できなかった。東海テレビはドラマとドキュメンタリーを合体させた作品「Home」を作ることを決め、2018年12月のクリスマスの午後7時からという時間帯で放送し、大きな反響を呼んだ。

研究会では作品の上映に続き、制作を担当した斉藤潤一氏が制作意図や犯罪報道に関する問題提起をし、討論者、参加者との間で議論を深めた。斎藤氏は、これまで「光と影~光市母子殺害事件弁護団の300日」、「死刑弁護人」など、犯罪と世論、犯罪報道のあり方をテーマとしたドキュメンタリーを発表してきた。これらの作品の放送については局に「もっと被害者のことを考えろ」などの批判も寄せられたという。今回はドラマという手法を用い、描き方も時間をかけて詳しく描き、ドキュメンタリーだけでは伝えきれない背景までを伝えたかったという。勿論、被害者の母との信頼関係なしには作り得ない作品であるが、その心情、どこまで入り込むかには細心の注意を払ったという。母は加害者の死刑を望んだが、単純な死刑存廃論という構成にならないよう熟慮した経緯が説明された。また、ドキュメンタリー部分では加害者の父を取材した。まず取材することの是非に悩み、そして撮影したドア越しの声だけのインタビューも、放送に際して本人の許諾が取れるという性格のものではなく、扱いに苦慮したが、これまで加害者の境遇、持病などのバックグラウンドが伝えられてこなかったことから放送の中に入れ、短絡的な加害者の親の責任論に走ることなく背景を考える機会を作りたかったという意図が説明された。

民放でゴールデン帯、しかもクリスマスの夜にこの種の硬い内容の番組が放送されることは極めてまれで、この点にも議論は集中した。より広い層の多くの人に見てほしいのでゴールデン帯での放送にこだわったこと、特にクリスマスの夜には「家族」について考えてほしかったのでそこにこだわったこと、そのためには放送時間に限りがあるので内容的にカットしなければならない部分が出たこと、営業的には積極的にスポンサーに付こうという企業は現れず「スポットCM」だけで放送したこと、視聴率的には6.4%と目標にしていた二桁には届かなかったこと、が報告された。最終的には局の上層部、経営者が「しっかりした番組を大切にしよう、という意思のあるところは生き残れる」という志向があり、実現できたと述べられた。また、若い世代は「ものを作りたい」という意思は勿論あるが、同時に数字(視聴率)を大変気にしている。それもわかるが、ジャーナリストとてるべき仕事は何なのかをしっかりと植え付けるのも我々の仕事であり、宿題だと述べられた。

一面的な「勧善懲悪」では見えない背景にどう迫るか、日々のニュース取材、オンエアでは描き切れない、伝えきれないものをどういう形で視聴者に届けるか、しかも、多くの人々が見られる時間帯に。今回の研究会はそれら諸点に多くの示唆を与える機会となったと言えよう。