2025年秋季大会で開催されましたワークショップの開催記録を掲載いたします(更新日:2026年1月12日)
ワークショップ1
ウェブ時代における「テレビ的なもの」の行方
- 司会者:山腰 修三(慶應義塾大学)
- 問題提起者:田中 瑛(実践女子大学)
- 討論者:古川柳子(元 明治学院大学)
- 企画:文化研究分科会
- 参加者:
「開催記録」
本ワークショップでは、「テレビ的なもの」を軸として複数のメディアが入り組む現代のメディア環境を批判的に問い直すことを試みた。問題提起者の田中瑛氏(実践女子大学)は、「オールドメディア-対-ウェブメディア」という疑似的な分断が叫ばれる反面、テレビ放送の発達に伴って形成され、堆積されてきた「テレビ的」な論理が異なるメディアの中にハイブリッドに取り込まれている状況に着目すべきだと問題提起した。特に、こうした対立軸を強調する言説にマスメディアもソーシャルメディアも加担してしまうことで、ウェブ上の映像コンテンツにおいていかなる権力が作用しているのかを批判的に論じる機会が失われてしまう点が強調された。
それに対し、討論者の古川柳子氏(元明治学院大学)は、メディア考古学的な視点から、テレビが「全国で同時に同じものを観る」マスメディアの形式として円熟していく過程において「ワイドショー」的な論理がいかなる仕方で形成されてきたのかを、その原型である『木島則夫モーニングショー』の制作者調査から分析した。古川氏は映画畑の制作者があえてVTRを導入しない「スタジオ現場主義」を貫いたことの背景に、制作時間や金銭の不足による生中継の導入などの社会的な事情から、朝の帯番組の空白を埋めてきたことから生じたものであること、などを論じた。その上で、特に媒介作用を構成する階層として、コミュニケーションやインフラストラクチャーだけでなく、その間にある制作者の「人的技芸」に着目すべきだと説明し、新しいメディアがいかに古いメディアの蓄積の上に成立しているのかという観点からクロスメディア化を読み解き直すための方法論を問い直す必要があるのではないかと指摘した。
以上のように、本ワークショップでは、両者の議論を通して、テクノロジーがいかなる社会的・文化的な論理から制度化されているのかが議題として設定された。それを踏まえ、田中氏は制作者の視点に加え、メディアの性質をめぐる利用者側のナラティヴや利用行動に着目していくならば、公共性、言説分析、ポピュリズム、ファンダム研究といったメディア論の知見とも接合可能なのではないかという見解を示した。その後、さまざまな分野の参加者から、プラットフォームの特性に応じた違いやオーディエンスがどのように「テレビ的なもの」を認識し、構築しているのかについての分析の必要性、デジタル化が進む中で公共性を担保するためにいかなる制度設計が求められるのかなどについて、質問が投げかけられ、活発な議論が行われた。特に「テレビ的なもの」という分析概念がいかなる要素も取り込めるものであるがゆえに、その輪郭を欠いてしまうのではないかというクリティカルな懸念も寄せられ、本ワークショップは盛況のうちに幕を閉じた。
ワークショップ2
壁を越えて、広がる対話 〜声とアートのメディア実践〜
- 司会者:濱口英雄(立命館大学)
- 問題提起者:芳賀美幸(「コウセイラジオ」パーソナリティー)
- 問題提起者:風間勇助(奈良県立大学)
- 討論者:伊藤 守(早稲田大学)
- 企画:濱口英雄会員
企画要旨(※以下は企画要旨です。開催記録が届き次第掲載します。)
本ワークショップは、少年院や刑務所をはじめとした矯正施設と社会との乖離をメディア実践によって橋渡しする試みの意味と可能性について多角的に議論することを目的とする。近年、矯正施設の被収容者を主なオーディエンスとする「刑務所ラジオ」や、受刑者の自己表現を社会に開く「刑務所アート」など、当事者が表現主体として参画するメディア実践が広がり始めており、その意義を検討する必要性が高まっている。
欧米では受刑者や出所者によるラジオやアートを通じた自己表現に関する研究蓄積がみられるが、日本では当事者による継続的実践と社会的受容を接続する研究はまだ限られている。加えて、今年から導入された拘禁刑のもとで、施設内処遇と社会内処遇をどのように架橋するかが改めて問われる現在、当事者の声なき声を可視化し、隔絶された施設と社会との接続を図る実践について検討することは、メディア研究・社会学・犯罪学研究を横断し、新たな公共圏のあり方を探る営みでもある。
ワークショップでは、当事者による自己表現の意義や、声なき声を可視化することの可能性について考える。受刑者や出所者の自己表現とはどういったものなのか。表現活動は当事者にとってどのような意味を持つのか。可視化を通じて市民の間にどのような反応が生まれ、表現をめぐるまなざしの交叉は何をもたらすのか。声(ラジオ)と展示(アート)というメディアの違いは、受容や対話の回路にどのような差異をもたらすのか。こうした検討を通じて、当事者の表現が社会にどのような対話や多声性を生み出し得るのかを明らかにしていく。
本ワークショップには、二人の問題提起者が登壇する。ひとりは、「刑務所ラジオ」の研究者である芳賀美幸氏。芳賀氏は、受刑者がラジオを通じていかに自己の物語を構築し、他者から承認されることで社会復帰への希望を見出すかというテーマで研究を進めてきた。メッセージ投稿や音楽リクエストを通じたDJや他のリスナーとのコミュニケーションが「ケア」につながる可能性を指摘する。また、少年院や刑務所の入院・入所経験者、その家族らが自らの声で経験を語るラジオ番組「コウセイラジオ」を企画・構成し、パーソナリティを務める。この番組は、愛知少年院内でも放送されており、在院者が執筆した詩を朗読するコーナーを設けるなど、矯正施設と地域社会をラジオを通じてつなぐ働きを担う。もう一人は、刑務所とアートをテーマに実践的研究を行う風間勇助氏。風間氏は、「刑務所アート」展を通じて、刑務所の内と外の対話の回路の構築について研究と実践を重ねている。刑務所から届く作品を通して、一人ひとりが異なる存在であることに向き合い、加害や被害とその回復について、マス・メディアとは異なるコミュニケーションの場を立ち上げることを目指している。
当事者らの「声」を可視化する試み(芳賀氏)と、「視覚的表現」を通じて社会との対話を生み出す試み(風間氏)。本ワークショップでは、異なる二つのメディア実践から得られた知見について、主にメディア研究の視点から検討を加え、新たな議論を喚起する。討論者は、メディア研究者の伊藤守氏が務める。司会は、罪に問われた人たちの表象の社会的受容について研究課題とする濱口が務める。濱口は、刑務所での矯正指導に従事する中でコミュニケーション教育を実践し、沈黙の文化が支配する環境下での自己表現や対話の必要性を痛感してきた。現在、出所者の社会復帰過程におけるスティグマの乗り越えがどのように行われるのかという観点から研究を進めている。
ワークショップ3
日本新聞博物館の所蔵資料の概要とメディア史研究における可能性
- 司会者:河崎吉紀(同志社大学)
- 問題提起者:工藤路江(日本新聞協会・日本新聞博物館学芸員)
- 企画:歴史研究分科会
- 参加者:17名
「開催記録」
本ワークショップは、日本新聞博物館の所蔵資料の概要を紹介するとともに、それらの資料が今後のメディア史研究にどのような形で活用可能かを探ることを目的とした。
はじめに、問題提起者として日本新聞博物館で学芸員を務める工藤路江氏に、同館の所蔵資料の概要について、実際の展示例に即して報告いただいた。同館の所蔵資料は約20万点で、横浜市内の収蔵庫で保管している。資料で最も多いのは新聞本紙で約15万点。新聞コレクターからの購入や寄贈、大学図書館からの寄贈などで入手したという。このほか、冊子型新聞、瓦版、新聞附録、錦絵・錦絵新聞、号外、写真ニュースなどの資料がある。また、ポスターやちらし、新聞人ゆかりの資料、展示には活用しにくいが社内資料などもあるという。新聞本紙などの資料は、同館の展示で活用するだけではなく、アド・ミュージアム東京など他館の展示にも協力している。
錦絵新聞は、工藤氏が携わった2022年の企画展「近代日本のメディアにみる怪異」でも展示された。多色刷りの錦絵は長期間展示すると色あせてしまうリスクがあり、会期中に2か月ごとに入れ替えるという、資料の活用と保護を両立するための工夫も紹介された。
所蔵資料は、データベースやExcelで管理しているが、未登録の資料もある。未登録の資料でも、早稲田大学図書館からの寄贈資料は、東京朝日、東京日日、読売、時事新報、萬朝報等が、昭和20年代(時事新報と萬朝報は昭和10年代)まで時系列でそろっている。破れや落書きなど資料状態がよくないものの、欠号が少なく、展示に有効に使っているという。
また、戦後新聞協会が収集した加盟紙・非加盟紙の紙面が合本の状態で保管されている。約680タイトル約4000点で、戦後新興紙の合本も多く含まれる。占領期新興新聞の研究利用の事例として、大阪大学大学院人文学研究科の斎藤理生教授が、新夕刊から坂口安吾と三島由紀夫の全集未収録の随筆を発見したという例が紹介された。
同館の資料の特色として、号外、新聞附録、戦後占領期の新聞が所蔵されている点が挙げられた。
利用方法は、大学などの機関に所属する研究者であれば学芸員と調整し、収蔵庫で閲覧できる。コピーは不可でデジカメなどでその場で撮影するスタイルが多い。貸し出しは博物館・美術館など展示施設向けに行っている。
以上の報告の後、質疑応答・意見交換を行った。所蔵資料の内容、利用方法への関心が高く、目録提供の有無や資料のデジタルアーカイブ化の状況を尋ねる質問もあった。デジタルアーカイブは、著作権継承者が存在せず、著作権保護期間が終了しているものであれば公開可能ではないかなど、資料の活用に向けたアイデアも出された。
ワークショップ4
ハラスメント経験から見えてくる放送業界の構造的課題
―「放送業界の労働環境調査」結果報告を軸に
- 報告者:李美淑(大妻女子大学)
- 司会者:田中東子(東京大学)
- 問題提起者:中村知世(社会調査支援機構チキラボ)
- 企画:ジェンダー/ダイバーシティ研究分科会
- 参加者:21名
「開催記録」
本ワークショップでは、放送業界における性暴力やハラスメントの実態とその構造を確認した上、社会の価値観形成に大きく影響する放送業界の課題と改善に向けた討論を行った。
まず、問題提起者である一般社団法人社会調査支援機構チキラボ・特別研究員の中村知世氏は、今年5月から開始した「放送業界の労働環境調査」(東京大学大学院情報学環・田中東子研究室との共同調査)の実施経緯、問題意識、調査概要や設計を紹介した上、調査の中間報告としてその結果の一部を共有した(調査は現在も実施中)。調査結果として、最近に至るまで被害が継続的に報告されている点、セクハラはエスカレートする点、そして、性的モノ化とパワハラを許容する職場環境が問題を加速させる可能性がある点が報告された。特に、性暴力が連続性のなかで起きていることを確認し、「性的冗談・言動」、「性的接触・誘い」が性暴力を含む重大な被害へのゲートウェイ行為となっている可能性や公私の区別が曖昧化しやすい職場環境が被害発生の「前提」となっている可能性について、理論的考察および具体的事例を通じて提示された。
司会者である東京大学大学院情報学環・教授の田中東子氏は、本調査の持つ意味や位置づけとして、今まであまり見られなかった放送業界横断的な調査であるとした上、構成員を(性的)モノ化する職場環境が放送業界のパワハラ・セクハラ問題を考える上で重要な課題であることを確認できたと述べた。また、ジェンダー問題に関する議論が表現・表象を問うことのみならず、コンテンツを生産・制作する側へと広がっている状況であるとし、発展的な討論に向けた参加を促した。
ワークショップの参加者からは、様々なコメントや質問が寄せられた。例えば、放送業界内部における性暴力に対する理解がいかなるものか、犯罪であるとの意識があるかという質問、放送業界ならではの特徴があるかという質問があった。また、コンテンツの生産・制作の職場環境とコンテンツの表象の関係を問う質問などが出された。こうした質問に対し、表現の現場には共通する問題が見えているとし、より精緻な分析のためには計量調査とともに、参与観察など、様々な方法での実態調査が求められているとした。また、そのためにも放送業界内部からの前向きな協力が必要である点などが議論された。
ワークショップ5
2025 年参議院選挙におけるファクトチェック報道
- 問題提起者:日下部 聡(毎日新聞)
- 討論者:立岩陽一郎(大阪芸術大学短期大学部)
- 企画:社会研究分科会
企画要旨(※以下は企画要旨です。開催記録が届き次第掲載します。)
大きな衝撃をもたらした2024年の兵庫県知事選挙において、多くのデマが蔓延することになったのはなぜか。その要因の一つとして挙げられたのが、選挙期間中におけるメディアの報道姿勢であった。選挙における公平性、中立性を重視する立場から、選挙期間に入ると各社とも踏み込んだ報道を控えるようになり、結果として選挙演説やソーシャルメディアを経由したデマの蔓延に手を貸してしまったというのである。
その反省を踏まえて、2025年の参議院選挙では多くのメディアが積極的にファクトチェック報道に取り組んだ。しかし、選挙後にはそのことがむしろ「逆効果」になったのではないかとの指摘が行われている。ファクトチェックやそれに基づく批判的な報道がメディア批判を促し、結果としてメディアを含む既存の社会制度への不信を苗床とする政治勢力を勢いづけることになったのではないかというのである。既存メディアによる報道の到達範囲が狭まっている現代の情報環境においては、ファクトチェック報道ではなく、それに対する批判や反論だけに接するユーザー層が増えていくことも予想される。
ここにおいて現代の選挙報道が直面する深刻なジレンマが顕在化することになった。すなわち、ファクトチェックを怠ればデマの蔓延を許し、それを行えばメディア批判の材料を提供することになるという問題である。本ワークショップでは、まず参議院選挙においてファクトチェックを積極的に行った毎日新聞の日下部聡会員を問題提起者とし、同紙がいかなる姿勢のもとで選挙報道に取り組んだのか、そのさいにいかなる問題に直面したのかを報告していただく。
問題提起を受けて、ファクトチェックの実践経験が豊富な立岩陽一郎会員(大阪芸術大学短期大学部)は、新聞・テレビなどによるファクトチェックと、以前からネット上で発信を続けてきたファクトチェック団体によるファクトチェックがそれぞれ活発な報道・発信をしたことや、両者が協力関係で進めた事例などを報告する。全体の動きを俯瞰した上で、論点整理を試みる。上記のジレンマをどう捉えればよいのか、マスメディアの選挙報道は今後どうあるべきなのか、ファクトチェック団体が抱える課題は何か、など多方面からの活発な議論が期待される。
ワークショップ6
テレビドラマにおけるセクシュアル・マイノリティの表象
~アロマンティック、クワロマンティックを中心に~
- 報告者:藤田真文(法政大学)
- 問題提起者:竹田恵子(東京外国語大学)
- 問題提起者:中村香住(慶應義塾大学)
- 企画:藤田真文(法政大学)
- 参加者:22名
「開催記録」
まずワークショップの最初に、テレビドラマにおけるセクシュアル・マイノリティの表象に関して、「しばしば『恋愛が苦手な』あるいは『恋愛感情を自覚できない』登場人物として描かれることをどう理解すればいいのか」との論題1を司会者から提起した。また、「セクシュアル・マイノリティであるか否かにかかわらず、『恋愛が苦手』などと描かれてきた登場人物を、アロマンティック・スペクトラムに位置づけることで、より的確に理解できるのではないだろうか」との論題2も問いかけた。この2つの論題を出発点にして、二人から問題提起をしていただいた。
問題提起者1人目の竹田恵子会員からは、セクシュアル・マイノリティの恋愛感情の自認を論題1のような問いに解消してしまうのは、セクシュアル・マイノリティ特有のものではなく、普遍的な愛の形だとする「負の普遍化」言説に利用されてしまう危険性があり、セクシュアル・マイノリティのアイデンティティの抹消につながると指摘があった。一方で、ドラマ『作りたい女と食べたい女』を事例として取り上げながら、漫画やドラマなどのテクストをアロマンティック/アセクシュアル・スペクトラムから読むことは、欲望する主体を強制する規範である「強制的性愛」や、結婚および恋情的な愛の関係を特別な価値とする「恋愛伴侶規範」的ではない生の在り方を肯定し、その存在を可視化する行為だとした。解釈にあたっては、キャラクターのセクシュアリティの可変性や曖昧さも許容できたほうがよいとする。
問題提起者2人目の中村香住会員は、クワロマンティックの実践は、恋愛か友情かなどの関係性のラベルを付けずに、ただ人として大切にしている相手=「重要な他者」にコミットメントする実践であるとした。中村会員は、漫画『今夜すきやきだよ』を事例に、家事は得意だが「そもそも恋愛に興味が薄い」キャラクターであるの主人公・ともこを、クワロマンティック的なキャラクターと捉えることができるのではと指摘する。ともこは、家事が苦手でバリバリ仕事をしたいと持っている同級生のあいこと「とりあえず私と結婚しようよ」と一緒に暮らし始める。あいこのほうは結婚願望があるが、「家庭的な理想の奥さん像」を彼氏から求められて関係がギクシャクする。『今夜すきやきだよ』には、恋愛伴侶規範への疑義と重要な他者と関係を積み上げる実践が描かれていると分析する。論題1については、恋愛感情への気づきや性的指向・恋愛的指向への気づき、セクシュアル・アイデンティティの引き受けの過程を描くことで、ドラマの内容が豊かになるのではないだろうかとの指摘があった。
ワークショップの参加者との質疑応答では、地上波テレビで放送されることでセクシャリティの表現に限界があるのではないかという意見や、アロマンティックを題材にしたドラマ『恋せぬふたり』に対する評価などに議論が広がった。
ワークショップ7
プラットフォームとAI 現代のメディア・ジャーナリズムに関する一つのアプローチ
- 司会者:新嶋良恵(十文字学園女子大学)
- 問題提起者:宇田川敦史(武蔵大学)
- 討論者:佐藤信吾(大妻女子大学)
- 企画:理論研究分科会
- 参加者:37名
「開催記録」
本ワークショップは、2024年春の大会シンポジウム「プラットフォーム資本主義:中央集権化と労働形態の変容を考える」の議論を引き継ぎ、プラットフォームをめぐる統治と抵抗の課題を、近年のアルゴリズムとAIの急速な変容に焦点を当てて再検討するために企画された。本会では宇田川敦史会員(武蔵大学)が問題提起者を、佐藤信吾会員(大妻女子大学)が討論者を、新嶋良恵会員(十文字学園女子大学)が司会者を務めた。
まず宇田川氏は、メディア研究における「ブラックボックス」概念の変容を提示した。従来の検索エンジンにおけるブラックボックス化は、ユーザーが仕組みへの関心を失うことで社会的に構築される「社会的ブラックボックス」であった。しかし、深層学習(ディープラーニング)に基づく大規模言語モデル(LLM)は、技術者でもプロセスを説明できない「技術的ブラックボックス」という新たな問題を提起していることが述べられた。
次に、検索エンジンにおけるGoogleの覇権確立の歴史が分析された。1990年代後半、インターネットが「遊具(サーフィン)」から目的を達成する「道具(サーチ)」へと変容する中で、Googleのページランク技術が支配的地位を確立した。この過程で、SEO(検索エンジン最適化)対策を行うウェブマスターとGoogleとの間にガイドラインを巡る相互作用が生まれ、それを通じてある種の「秩序」が構築されるに至った。
しかし、宇田川氏によれば生成AIの出現はこの構造を揺さぶっているという。AIによる検索結果の要約(AIオーバービュー)に伴う「ゼロクリック論争」が発生し、ウェブマスターコミュニティのトラフィック減少への懸念が高まっている。他方で、AIツール利用者がGoogle検索をさらに利用するというデータも示され、アテンション・エコノミーにおける「ゼロサム」ではない可能性、つまり信頼できる情報源を求めるユーザーの存在も指摘された。宇田川氏は、生成AIが現在「遊具」から「道具」への転換期にあり、今後インフラ化の道をたどる中で、この「二重のブラックボックス」にいかに抗うかが問われていると結論付けた。
佐藤氏は宇川氏の議論を踏まえ、特に「実践論」と「ユーザーの主体性」に着目した3つの論点を提示した。
第一に、プラットフォーム論と実践論の接合が論じられた。Googleの覇権が確立した環境下において、ウェブ担当者やユーザーが、支配的なエコノミーのただ中にありつつ、既存の規則を自分たちの関心に合うよう組み替えていく「ブリコラージュ」的あるいは「戦術」な実践をいかに捉えるかという論点である。第二の論点は、宇田川氏が参加する共同研究で提示されているメディア・インフラ・リテラシーの射程である。これは、単にメディアの内容を批判的に捉えるテクスト論的なメディア・リテラシーを超え、ブラックボックス化したインフラそのものに想像力を働かせる試みである。第三に、ゼロクリック時代におけるジャーナリズムの固有性が問われた。AIの学習素材としてのコンテンツ生産に回収されない、ジャーナリズム独自の価値をどう再定義するのかという問題である。AIには不可能な「現場へ行き、裏取りを行う」という身体的実践が、信頼できる情報源としての公共的な役割を果たす鍵になるのではないかという論点が提示された。
討論では多様な論点が提示された。まず、AI時代のアルゴリズム研究において、不可視なアルゴリズムをめぐる不確定な情報の流通と参照について、「アルゴリズムのフォークロア」の観点から分析するインフルエンサー研究の重要性が指摘された。また、インターネット以前にも多様なグループのマッチング機能を有するプラットフォーム的なメディアはあり、それらとの歴史的連続性をいかに捉えるかという論点が出された。その点と関連して、現在のプラットフォームの特徴として、検索エンジンと生成AIにおける「設計者責任」や「アウトプットの制御可能性」の違いについて考える重要性が示された。AIによるアウトプットは一貫性がないため、その結果が「誰の表現活動」として保証されるのかという点で、従来のプラットフォーム企業に求められてきた責任とは質的に異なるという見解が示された。さらに、AIによる要約が、公的・社会的に重要な問題やマイノリティの言説を統計処理の結果として排除・不可視化してしまう危険性も論じられ、新しい問題意識との「出会い」の必要性が確認された。こうした論点については、討論で出されたAIやアルゴリズムに対する調査報道の重要性が一層求められるだろう。
このように本ワークショップは、アルゴリズム、AI、検索といった現代のメディア環境における中心的な問いを多角的に掘り下げ、今後の研究・実践への重要な論点を提示した。
ワークショップ8
メンター制度導入に向けた意見交換会
- 司会者:田中東子(東京大学)
- 報告者:山本恭輔(東京大学大学院)
- 企 画:ダイバーシティ推進ワーキンググループ
- 参加者:32名
「開催記録」
このたび40 期の理事会によって、ダイバーシティ推進ワーキンググループが設置される運びとなり、より一層、若手研究者の参画を定着させ、キャリア形成を支援し、若手研究者同士のネットワークの形成に向けてサポートしていくための制度設計を検討することがワーキングの課題となっている。特に、当学会においてメンター制度を導入する場合に、第一にダイバーシティと国際化の拡大、第二に若手研究者のキャリア支援、第三に若手研究者の学会へのより対等で開かれた形での定着、といった点が重要である。そこで、本セッションでは、メンター制度の役割や必要性について提起し、学会員の皆様と導入に向けた意見交換会を行った。
まず、報告者より、すでに多くの大学や組織、学会において導入が検討され、もしくはすでに導入されているメンター制度の形態や運営方法、メリットとデメリット、大学や組織などでの具体的な活用事例について報告された。具体的には、初年次参加者への支援や大会での発表の準備支援、論文投稿時の相談や助成金申請の際の助言など、1対1のサポートだけでなく、1対グループでのサポートや、レクチャーや講習会の実施、対面での大会開催時におけるミートアップの時間の確保など、メンターとメンティの関係を作り、また若手研究者同士のネットワークを形成する場の提供といった方法である。知識や経験に基づくスキルの共有、成長やキャリア形成のサポートに加えて、心理的な安心感やネットワークの形成などの大切さも確認された。
後半では若手研究者や大学院生の参加者の方々から、研究や資金の獲得、キャリア形成などに関して現在どのような課題・困難を抱えているのか、どのような支援を必要としているのかといった意見を伺えた。特に、地方在住の大学院生や、最初の就職が地方の大学や組織であった会員の方から、首都圏/ネットワーク中心の大学院生に資本が集中しているのではないか、という疑問や、若手を中心としたネットワークに入りづらい、孤立感を感じていた、などの意見が寄せられた。特に、地方在住で子育て中であったりする場合に、学会参加への出張が難しかったり、そのような困難な状況それ自体を相談できる先輩研究者などもいないといった経験もシェアされた。さらに、他の学会では、初めて学会発表を行う若手研究者のための発表練習会を開催するなど、メンターシップ制度のさまざまな運営実例についても情報共有がなされた。
WSの時間が限られていてすべての人の発言の時間がなかったことから、最後に司会より、メールフォームなどを利用して、さらに若手研究者からの意見や提案を募る方向でメンターシップ制度の議論を進めていくとの確認がとられた。