2025.6.7
選考委員会は、過去2年間(2023年1月1日から2024年12月)に刊行された原則として50歳以下の会員の作品の中から、会員の自薦・他薦および推薦委員会によって選定された13点を対象とし、計4回の委員会をオンラインで開催して厳正かつ慎重な選考を行った。まず、選考委員が分担して候補作を6点に絞り込んだ上で、さら最終候補作を4点とした。最終候補作品は委員全員がすべての作品を精読したうえで合議した。合議の結果、以下の2作品を全員一致で受賞候補作に選定した。
・工藤文『中国の新聞管理制度:商業紙はいかに共産党の権力を受け入れたのか』
・金子智樹『現代日本の新聞と政治:地方紙・全国紙と有権者・政治家』
受賞にふさわしいと選考委員会が判断した理由は、以下の講評で示す通りである。
工藤文氏の『中国の新聞管理制度:商業紙はいかに共産党の権力を受け入れたのか』は、長期的な視点で共産党と商業新聞との関係の歴史的変化を、新聞の管理装置である「主管・主辦単位制度」に注目しながら精緻に分析した力作である。従来、先行研究は、党のメディアに対するトップダウンによる権力作用に着目し、党のメディア統制がいかに強固であるかを強調してきた。これに対して、本書の目的は、メディアの自律性を妨げる制度を構築してきたプロセス、つまりメディアの自律性を棄損するような制度をメディア自身が受容し、党がメディアから一定の支持を調達したプロセスを検証することにある。基本的には政治経済学的アプローチを採用し、1949年から1950年代前半の時期(民間資本の排除と党の管理への一元化)、1950年代後半から1977年の時期(新聞管理における秩序の喪失)、1978年から1990年代前半の時期(民間資本と外資による投資)、1990年代の時期(メディア・グループ化による民間資本・外資の投資制限)、2001年以降の時期(資本の規制緩和)というそれぞれの時期の変化に着目して、商業新聞の党の統制の複雑な関係を明らかにした。
これに加えて、歴史的経緯が異なる上海『新民報』、北京『新京報』、広東省『南方都市報』の3紙の量的テキスト分析を通して、主管制度と主辦制度の柔軟な適応の下での紙面の具体的な変化も実証的に明らかにしている。
選考委員会は、同書が日本や欧米における研究のみならず中国国内の研究にも広く目を配り、従来の研究視点の課題を的確に把握した上で構成された方法論的枠組みが明確であること、長期間にわたる制度変化の分析と各紙の紙面のミクロな分析が整合的に構成されていることを高く評価し、党とメディアの関係に関して貴重な新しい知見を析出している点で画期的な著作であると判断した。複数の委員からは、英訳すれば、国際的な評価が得られるであろうとの指摘があったことも付記しておく。
次に、金子智樹氏の『現代日本の新聞と政治:地方紙・全国紙と有権者・政治家』は、新聞を前提とした「歴史的・政治的な文脈によって規定される新聞の普及構造」を「メディア・システム」として定義し、このメディア・システムの歴史的な変化を、とりわけ地方紙に着目しながら、新聞の論調、新聞と政治家との関係、新聞と有権者との関係から解き明かした労作である。
同書の研究は、地方紙に関する多くの先行研究を十分に踏まえ、戦前から戦後のメディア・システムにおいて地方紙が優勢になった歴史的経緯と現在でも地方新聞が重要な位置を占めていること(47都道府県のうち37道府県で地方紙が普及率1位を占める)を前提にした上で、多岐にわたる注目すべき実証的な知見を提示している。その中でも特筆すべき成果は、第一に全国規模の有権者調査ではアプローチが困難であった特定の都道府県の有権者調査を実証的に行い(中部地方5県の有権者調査)、中央紙と比較しながら地方紙に関する有権者の新聞観や政治報道・地元政治家に対する評価、新聞の左右イデオロギーに関する認識を明らかにしている点である。第二に各紙の論調を、憲法記念日前後の社説に着目して50年間の縦断的な分析をおこない、その変化の背景に「属人的要因」や「経営状況の悪化に伴う差別化戦略」が存在すること、加えて社説のトピック横断的な分析視点から機械学習モデルを援用し、各新聞の論調に関して、「左寄り」「右寄り」といったイデオロギー軸にのみならず「中央―地方軸」が新聞の対立軸として重要な構成要素として機能しているという重要な知見を提出している。前述の第二、第三の知見をふまえて、第三に全国の新聞読者の投票先選択に関して、「講読新聞の平均的な右寄り傾向」と自民党の得票率が統計的に有意に正の相関を示していること、それに加えて中央—地方軸において地方視点傾向の新聞が読まれている地域において、自民党の得票率が統計的に有意に高いとの結果を提示している。
選考委員会は、本書が、多くの研究者が関心を寄せてきたとはいえ、なかなか手が届かなかった地方紙の数量的な実証的分析を行い、新聞と有権者、新聞と政治家との関係を立体的に捉える方法論と注目すべき知見を提出している点で、新聞のみならずメディアの政治報道と有権者の関係を検証する際に、今後の研究において第一に参照されるべき重要な文献であると高く評価した。ならびに、ニュースのアクセス先としてポータルサイトやSNSが浸透し、紙媒体からデジタルコンテンツに移行しつつある大きな転換点において、2010—20年代における新聞を中心とした「メディア・システム」の位置とその特徴を多面的に明らかにした点で、今後長く参照される貴重な研究であり、受賞に十分値するとの高い評価で一致した。
第10回内川芳美記念学会賞選考委員会
伊藤守(早稲田大学、選考委員長)
小川明子(立命館大学)
金山智子(情報科学芸術大学院大学)
北村智(東京経済大学)
辻泉(中央大学、推薦委員長)
土屋礼子(早稲田大学)
山腰修三(慶應義塾大学)