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第32期第12回研究会「ドイツのメディア倫理をめぐる最近の議論状況」(メディア倫理・法制研究部会企画)終わる

日 時:2010年11月17日(水) 18:00〜20:00
場 所:東京大学本郷キャンパス 工学部2号館 9階92B教室
    (東京大学大学院情報学環 林香里研究室共催)
問題提起者:ドイツ・ドルトムント大学 ゲルト・G・コッパー名誉教授
      (Prof. Dr. Gerd G.Kopper, Techniche Universität Dortmund)
参加者:30名
記録執筆:林 香里

本研究会では、現在東京大学大学院情報学環に日本学術振興会外国人特別研究員として研究滞在しているドイツ・ドルトムント大学ゲルト・G・コッパー名誉教授をお招きした。コッパー氏はまず、現在のドイツでのメディア倫理議論の主体、争点および問題点などについて整理した。その上で問題とされている各局面において、最近の事例を紹介した。以下、指摘されたいくつかの興味深い点を挙げておこう。

(1) ドイツでは、メディア倫理研究は哲学や文化研究的な観点だけでなく、神学とも深い関係にある。
(2) ドイツにおいて「メディア倫理」という言葉が普及したのは、80年代後半から90年代初めに入ってである。その原因は商業テレビ放送の導入であった。それ以前は新聞・出版はプレス評議会による自主規制、公共放送関連は憲法裁判所の「テレビジョン判決」として個別に議論されていた。
(3) ドイツでは、数年前、ジャーナリスト有志がWatchblogというメディア監視サイトを立ち上げた。それ以来、市民も参加し、大衆紙の倫理違反状況を次々と報告するフォーラムができあがった。近年、大衆紙はみずからの倫理違反をこのブログを参照して判断するようになっており、それを通していくばくか倫理違反が制御されるという現象が起きている。

以上のようなドイツの状況が紹介された後、この分野ではとりわけ問題視されてきた大衆紙『ビルト』が繰り返してきた倫理違反およびプレス評議会からの譴責無視について取り上げられた。また、近年では、フォトショップによる政治家のカリカチュアやリアリティTV のあり方、事故現場の写真の扱い方なども話題となっているが、それとともにメディアに対する市民からの苦情も急増している。そして、宗教的感情への侮辱と言論・表現の自由の尊重という基本的権利の間での摩擦も、欧州では常に大きな問題としてクローズアップされているという。

そのほか、公共放送の娯楽番組で発覚したプロダクト・プレースメント問題やモナコ王室を初めとする有名人のプライバシー侵害など、メディアの財政逼迫とメディア間の競争激化が原因で倫理規定が簡単に無視されてしまう現象も紹介された。なお、デジタル・メディアとの関連では、プレス評議会は新聞・雑誌のオンライン版についてはほとんどなす術なく、傍観するしかない状況にあるという。

質疑応答の時間では、ドイツの『ビルト』紙の社会的評価やドイツの多文化主義について、また放送分野での自主規制や監督機関のあり方につてなどの質問があった。ドイツの最新の事例をとおしてメディア倫理の議論の多様な局面が整理されたとともに、ディスカッションも活発に行われて、多くを学んだ夕べだった。