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■ 第31期第2回研究会(メディア史研究部会)終わる


テーマ:「中井正一−メディア・コミュニケーション論の先駆者として」
 日   時:2008年3月15日(土) 14:00〜17:00
 場   所:同志社大学弘風館4F会議室
 司 会 者:佐藤卓己(京都大学)
 問題提起者 :後藤嘉宏(筑波大学)
 討 論 者 :門部昌志(長崎シーボルト大学)
  参加者:19名

 まず門部会員から「中井正一の言語活動論をいかに読むか−「発言形態と聴取形態ならびにその芸術的展望」を中心として−」との報告があった。最初に中井の全般的特徴として、芸術と非芸術の境界線の曖昧さの指摘がある点が触れられ、さらに専門家と非専門家の役割に互換性がある点、また関係(機能)概念を採り入れることで、事物を形而上学的に区分することを批判する視点をかちえた点にも言及された。これら中井理論の特質をまず説明した上で、以下の報告がなされた。

 中井の戦前の代表作「委員会の論理」(1936)は一つの完成した作品として受け取られてきた。しかしこの著書は同人誌『世界文化』に3回に分載されたもので、論文のそこまでの議論等を纏めた「言はれる論理」「書かれる論理」「印刷される論理」を示した図も、連載の回によって微妙な食い違いをみせる。また「委員会の論理」の副題が「一つの草稿として」となっていて、この著作は完成品として読まれるべきではない。そこで、この著作に先行する中井の言語についての諸論文を具に検討し、思想の形成過程を追うことが提案された。

 「言語」(1927-28)「発言形態と聴取形態ならびにその芸術的展望」(1929)「意味の拡延方向ならびにその悲劇性」(1930)等一連の論文で、「委員会の論理」(上・中)の主要な議論は先取りされている。よってこれらの論文で中井によって引かれたカッシーラ、ライナッハ、ヴィンデルバントに着目した。特に確信と主張の区別を唱え、1980年代以降は言語行為論との関連で再読されるライナッハの著述そのものに立ち返り、それと中井の彼への言及とを対比的に検討し、中井自身のライナッハに対する評価の揺れ動きを検討した。特に「発言形態と聴取形態ならびにその芸術的展望」(1929)において「内なる聴取者」に着目することで、確信と主張の区別を中井が曖昧にしている点に言及した。

 後藤会員は、「メディウム、ミッテル概念と「コプラの不在」の議論との関連性を見据えつつ」という副題で報告をした。中井にはメディウム、ミッテル2つの媒介(媒体)概念があり、稲葉三千男、杉山光信の間でそれらの理解を巡って対立があった。今回この2つの媒介概念を考えるに当たり、中井の書評「三木清著『パスカルにおける人間の研究』」(1926)が手がかりになると後藤は指摘した。領域相互の次元の相違という三木の議論を受けて、次元の差を飛び越える媒介を中井がミッテルと考えていることが分かる。また次元の差は属性の相違にも繋がり、属性固有のものの見方から脱することに通じ、さらにそのことは五感相互の媒介にも通じる。これらの議論の背景に、中井の西田幾多郎批判がある点も論じた。

 司会者から「中井自身は独語的教養の中で自分の理論を育んでいるのに、稲葉、杉山、後藤等、むしろ仏語的素養のある人が彼に惹かれるのはなぜか?」という質問がなされ、それに対して「中井のミッテル概念をポストモダン的な文脈で、理論の脱構築のように理解する流れがあり、その意味でフランス思想に親和性がありうる。また基本的に受け手の主体性を中井は唱えており、その点でもそのことはいえる」と後藤会員は回答した。また「現代ドイツ語のミッテルは、資金(金銭)という意味も強く、ミッテルが媒介、メディウムが媒体との報告がなされてもしっくり来ない」との意見もでた。「確信と主張のズレるところに嘘言が入り、嘘言を産む最たるものは商品性である。そしてこのような確信から主張への飛躍こそミッテルになる。よってミッテルと資金は中井においても親和性がある」と回答された。さらに「現在中井を研究する意義はどこにあるのか?はたして中井理論がカルチュラル・スタディーズや効果論などを乗り越えうるのか?」という質問も得た。それに対して「中井には『聾唖年鑑』への書評(1936)もあり、マイノリティの人々に共感する視点もある。しかもそれは単に共感というのではなく、自らを棄てて彼らの視点を獲得するというものだ。ここに、調査をして、認識を改め、実践への筋道を付ける学術活動よりも、より直接的な感覚に訴える芸術活動の強みがある」との応答があった。

 フロアからは「中井のコミュニケーション論とメディア論との関係はどうなっているのか」という質問がなされ、それに対して「「言はれる論理」「書かれる論理」等それぞれの時代に固有の論理学があると中井は考えた。その論理学が、それぞれの時代の主流のメディアとコミュニケーションの様式を繋げ、メディア論とコミュニケーション論とを媒介している」との回答があった。

 以上のように、中井メディア/コミュニケーション論の現代的意義を考えさせ・再認識させる、充実した研究会となったといえよう。

(記録執筆:後藤嘉宏)