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■ 第30期第11回研究会(理論研究部会企画)終わる


テーマ:「日中メディア・ナショナリズムの衝突」
場   所:上智大学四谷キャンパス
       中央図書館9階912会議室(L-912)
問題提起者:烏谷昌之(慶應義塾大学グローバルセキュリティ研究所)
討 論 者:劉 雪雁(国際通信経済研究所)
司   会:阿部るり(上智大学)
参 加 者:27名

 本研究会は、ますます進展するメディア環境のグローバル化によって、ナショナリズムとメディアの関係性がどのように変化してきているのかをテーマに、「ナショナリズム」「アジア」「メディア」をキーワードとして企画された。

 研究会の前半では、05年4月、中国で発生した「反日」デモに関する日本および中国のメディアの報道を具体的事例として烏谷昌之会員による問題提起が行われた。はじめに日本の主要紙における「反日」デモ報道や対中世論調査を参照しながら、「反日」デモに関する集中豪雨的な報道によって対中強硬派の意見に日本の世論が傾いたことが示された。さらに後半では中国において「反日」世論が高まっていった背景に、1)中国の市場経済化によって生まれた庶民的な内容、商業的色彩をもつ新聞「小報」における愛国主義的報道の増加、2)対日強硬派ネットユーザーの台頭、3)中国ナショナリズムの敵対的シンボルとして日本が位置付けられているといった中国国内の政治、経済、社会的構造の変化があるとの指摘がなされた。日中メディアの分析を通して、双方のメディアが相手国の強硬派の意見や行動を選択的に強調し、その国全体を表象することで、「ナショナリズム・ゲーム」を過熱させ、結果として日中間でメディアを媒介としたナショナリズムが台頭しているとの問題提起であった。

 烏谷会員の報告を受けて、討論者の劉雪雁会員からは中国におけるメディア環境の変化や特徴が、日本をめぐる報道や言説にどのように影響を与えているのかを中国メディア、中国社会の実情に即してコメントがなされた。報道の内容が、政府のコントロール、市場の誘惑、記者の良心という三角関係によって決定されること、ポータルサイト上でのニュース報道が中国で普及し、それが情報の簡略化、断片化、重複化を引き起こしていることなどが、「過激な」日本報道を生み出す背景となっていることが劉会員より指摘された。

 研究会参加者を交えた討論では、メディアとナショナリズムの関係性を探る上で、以下のような重要な指摘がなされた。1)今後、活字メディアだけではなく映像メディアの分析を行う必要があること。2)メディアとナショナリズムの関係性を考える上で「戦争がどのように記憶されるのか」という問題は不可欠である。「記憶をめぐる共同体」とそれを再生産するメディアをはじめとするシステム自体が90年代以降、根本的に変化してきていることを認識すべきである。3)若者文化という視点からメディアとナショナリズムの関係性を捉えることが特に現代アジアにおいては有効ではないか。4)近年の日本のジャーナリズムは、ナショナリズムの台頭に結果として自ら関与しているということを十分に認識できていない。

 以上のように本研究会では、日中間におけるメディアを媒介としたナショナリズムの台頭を検証するのみならず、メディア環境のグローバル化に伴い重要な研究課題となってきたナショナリズムとメディアの関係性を今後検討していく上での新たな理論的視座、研究の手がかりを提供することができたと考える。
(記録執筆:阿部るり)