研究会一覧に戻る

■ 第29期第9回研究会(ジャーナリズム研究部会企画)


テーマ:「ニューヨークタイムズ記者の記事捏造が問い掛けたもの」

報告者:小 黒  純(共同通信社)
司会者:別 府 三 奈 子(大分県立芸術文化短期大学)
日 時:2004年3月15日(月)、18:30〜21:00
会 場:日本新聞協会大会議室(プレスセンタービル7階)
参加人数:27名


 本部会は、ニューヨークタイムズのジェイソン・ブレア記者による記事捏造事件の要因には、日本のマス・メディアの教訓とすべき点があるのではないかとの観点から議論した。同記者は、執筆した記事のうち40本近くが捏造や盗作だったというタイムズ史上最悪の不祥事を引き起こし、2002年5月に退職した。その経過を含めた彼の自叙伝が発売されたのは2004年3月6日。報告者は最新の情報としてこれを短期間で読みこなし、自叙伝の内容を軸に不祥事の要因や日本にも共通しそうな問題点などについて報告した。

 まず指摘したのは、不正行為に対する倫理意識が薄いブレア元記者の個性と、躁鬱病やアルコール依存症などと微妙に重なった仕事のプレッシャーという個人的な事情である。この点については、ブレア元記者以外の誰もが同様規模の不祥事を起こしたわけではないという報告者の認識が反映されていた。

 その上でタイムズ社内の問題点として言及したのは、ブレア元記者が執筆した記事の訂正が年々増えていたなかで、捏造を見抜けずに評価するデスクまでいたというチェックの甘さである。しかも、社員の心の病に対するケアが不十分なまま荷の重い取材を担当させるなど、人事・労務管理面の不適切さが社内要因として大きかったとの見方を示した。

 日本のメディアにも共通する問題としては、インターネット情報のコピー・アンド・ペーストが今後も類似の不祥事を発生させる素地になり得るとした。ただ、インターネットでの情報収集は記事の正確さをチェックするのに有用な面もあり、コピー・アンド・ペーストを禁止することは抜本的な対策にはならず、「捏造、盗作は絶対に許されない」という教育や、“問題社員”が判明した場合に編集現場もかかわってメンタルヘルスなど人事面での対策に取り組むことが必要ではないかと提言した。

 報告を受けて、参加者からは活発に意見が出された。タイムズ社を昨年訪問してきた新聞関係者によれば、タイムズでは社内でのコミュニケーションが不足していたことなどが問題視されているという。また研究者からは、派手な記事なら内容の甘さを許容する考えがタイムズ首脳にあったことや、ブレア元記者が黒人である点で人種問題の比重も軽くなかったのではないかとの見方も示された。日本の新聞社では原稿を多重チェックするので、訂正が多い記者のチェックがタイムズほど甘く行われることはあり得ないという意見が表明された一方、コピー・アンド・ペーストについては、若手記者の間に広がっていたことを確認し教育を強化した社もあったことが報告された。

 ブレア元記者のケースは、利便性が高いインターネットが捏造や盗作を広げる手段になりうる危険性を示した。そうした不祥事をいかに防ぐかという課題は、内外のメディア界に限らずインターネットの取り扱いで避けられないテーマだろう。研究会では、その対策を考えるのに役立つ様々なヒントが示されたと思う。
(記録執筆:鶴岡 憲一)