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■ 第28期第10回研究会(メディア史研究部会企画)終わる



  テーマ:「テレビ番組研究の可能性−1960年代のドキュメンタリー」

  報 告 者:丹羽 美之(大阪大学大学院)
  司    会:芝田 正夫(関西学院大学)
  コメント:中村 秀之(桃山学院大学)
  日 時:2002年3月26日(火)18:00〜20:30
  場 所:K.G.(関学)ハブスクェア大阪会議室
           (茶屋町アブローズタワー13階)
  参加人数:16名
  記録執筆:芝田 正夫

 ここ数年,横浜市の「放送ライブラリー」(2000年10月から新施設の運用開始)や川口市の「NHKアーカイブス」(2003年2月から運用開始予定)など,過去のテレビ番組を収集・保存・公開する動きが,放送業界で具体化しつつある。一度放送したらそれっきり忘れ去られ,これまであまり顧みられることのなかった大量のテレビ番組が,歴史の記憶を共有するための貴重な文化財として,急速に再評価されつつある。それは新たな資料空間の「発見」とも呼べる事態である。こうした資料環境の変化は,従来のテレビ研究に対してどのようなインパクトをもたらすのであろうか。研究者は,これらの新たな映像資料空間にどのように対処していくかを,今後本格的に問われることになるだろう。

今回の研究会は,このような問題関心から,以下のような意図のもとに企画された.第一に,テレビ番組の歴史的研究を行っている報告者から,その事例分析を具体的なかたちで発表してもらうこと。第二に,それを受けてコメンテーターに,映画研究の見地から,映像文化の歴史的分析の展開について手がかりとなるような論点を提示してもらうこと,である。今回の研究会では,これらの議論を通じて,新たな「テレビ番組研究の可能性」を探ることが試みられた。

まず,テレビ番組の歴史分析の事例として,報告者の丹羽会員から,テレビ・ドキュメンタリーに関する報告がなされた。丹羽会員は,日本におけるテレビ・ドキュメンタリーの歴史について研究しており,ライブラリー資料の利用や,作り手へのインタビュー調査等を通して,各年代のテレビの詳細な番組分析に取り組んできた。今回はとくに1960年代に放送された一連の実験的なドキュメンタリー番組について報告していただいた。

取り上げられたのは,TBSのディレクターであった萩元晴彦氏や村木良彦氏によって演出されたいくつかの番組である。同時録音と長回しのテクノロジーを最大限に駆使する中継な手法で注目された『小沢征爾「第九」を揮る』(TBS,1966年,『現代の主役』シリーズで放送),829人に同じ質問を挑発的に繰り返す『あなたは…』(TBS,1966年,芸術祭参加作品として放送),ノンフィクションとフィクションの境界を混淆するようなコラージュ的な手法を用いた『わたしのトウィギー』(TBS,1967年,『現代の主役』シリーズで放送)といった番組について,関連ビデオ等の視聴を交えながら,話題が展開された。

当時のドキュメンタリーの常識を破るこれらの番組は,周囲の困惑や反発を招き,大きな波紋を巻き起こした。その表現上の特徴は,一言で言えば,物語らないドキュメンタリー,と要約できる。NHKの『日本の素顔』やNTVの『ノンフィクション劇場』のような,物語形式(映像の編集による意味の構成,出来事の再現,視聴者に語りかけるナレーション)に依存した従来型のドキュメンタリーと比較すると,その違いはよりいっそう明確になる。しかし,説明モンタージュを拒否し,物語形式を徹底的に否定するこれらの反物語的ドキュメンタリーを,単に表現上のテクニカルな問題と片付けることはできない。当時の歴史社会的文脈に埋め込んでみれば,それは,高度経済成長期にマスメディアとして制度化されていくテレビの支配的なあり方に,スタイルの異体性を持ち込むことによって批判を突きつけるものであったことが明らかになる。映像文化の歴史的分析に関して言えば,個々の番組をテクストとして詳細に見ていくことが可能になったがゆえに,テレビというメディアそのものの存在論に対する視線がいっそう重要になる,という。

続いてコメイテーターの中村会員から,専門とされる映画研究との比較を踏まえて,いくつかのコメントがなされた。まず,研究対象の構築の仕方について,作家主義的アプローチ,ジャンル論的アプローチ,初期映画研究などによって活性化された文脈的アプローチ等が紹介された。その上で,今回の報告は,基本的には作家主義的アプローチを取りながらも,そこに収まりきらない論点を含んでいるとの指摘を行った。そのほか,テレビと映画では「番組」という言葉の使い方が異なるという指摘や,疑問点として,萩本と村木について「彼ら」と一括して話されたが,この二人をまとめて語るのは問題があるのではないか,などの詳細なコメントもなされた。丹羽会員からのリプライや参加者からの発言も交えて,活発な議論が行われた。関連番組のビデオも準備され,興味深く,また示唆に富む研究会であった。